News and Views 2016 Summer / Vol. 18: オートモーティブ

安全でセキュアな自動運転車の実現に向けて

図1. DAC 2016にて講演するLars Reger氏図1. DAC 2016にて講演するLars Reger氏

ハイテク業界に身を置いていると、新製品を売り込む誇大広告にうんざりしたことは一度や二度ではないはずです。現れては消えていく新技術の多くは、プロモーションビデオや製品デモがどれだけ魅力的でも、実用性に乏しかったり単なる贅沢品として扱われたりすることがほとんどです。しかし、こうした新技術に対する冷ややかな期待感は、自動車業界、特に運転支援技術に対するニーズとそれに応える実用技術には当てはまりません。自動車業界において求められる技術は、適応走行制御(ACC)や車線逸脱警報システムといったすでに一般に広まりつつある機能から完全自律走行などの実用化まであと数年はかかるだろうと思われる未来の技術まで多岐にわたります。こうしたことを考え合わせると、自動車業界における技術進歩は、人々の生活を最大限向上させることを目指すものであるのと同時に、人命を守るために自動車メーカーとハイテク業界が力を結集させた結果と言えるのではないでしょうか。

上記は、今年6月上旬に米国テキサス州オースティンで開催された第53回Design Automation Conference(DAC)において、NXPセミコンダクターズ オートモーティブビジネスユニットのCTOを務めるLars Reger氏の講演で語られたものです。

数字で見てみましょう。毎年世界では130万人が交通事故で命を落としており、5千万人が重傷、軽傷合わせて怪我を負っています。事故の大半を占める94%は何らかの人為的過失が原因です。気になる傾向もあります。欧米では、25年間ほど下落傾向にあった死傷事故件数が自動車の安全装備の向上や交通規制の厳格化にもかかわらず近年増加傾向にあり、運転中のITデバイス操作によって注意が散漫になり運転が疎かになったことがその要因として挙げられています。運転中のメールのやり取りは重大事故の確率を20倍以上も高めると言われており、この確率は4杯のビールを飲んでからハンドルを握ったときに匹敵します。飲酒運転の事故は下落傾向にある一方で、運転中のIT操作による事故は反対に増加傾向にあるのです。Reger氏は、IT進化がもたらした負の影響の解消にはどうしたら良いのかという問いに対し、人的要素の排除が必要と説きました。

技術の高度化が進む中で、求める解(ここでは、自動車の運転における人的要素の排除)に辿り着く道は大きく分けて二通りあります。1つ目のアプローチは、搭載する運転支援技術を徐々に増やしていくという手法で、多くの大手自動車メーカーが採用しています。まず高級車から、そして徐々にファミリータイプの車両や小型車へと技術の適用範囲を広げていきます。これは自動車業界が黎明期から取ってきた典型的な手法です。20世紀初頭、自動車は「内燃機関を備えた馬車」として売り出されました。現在でこそ運転支援となるハードウェアやフトウェアが多く装備されるようになったとは言え、運転者が主体となって走行する乗り物であることに変わりはありません。

2014年1月、SAEがJ3016を発表しました。これは、運転作業の担い手をヒトから自動運転システムへと徐々に移行させていくための事実上のロードマップと言えます。運転者がどれだけ運転に関与するかという度合いを、運転者がすべてを担うレベル0(自動運転なし)から運転のすべてをハードウェアとソフトウェアに委ねるレベル5(全自動)まで、幅広くかつ細分化した段階で区分し、それぞれのレベルを詳細に定義付けています。

もう1つのアプローチは、いくつかの企業が熱心に取り組んでいますが、Googleの持ち株会社であるAlphabetが最も良く具現化している自律走行する自動車です。Alphabetは、人間の関与を徐々になくしていくのではなく一気にすべてをコンピュータに任せる新しいタイプの自動車を提案しています。言うなればこれは、たまたま車輪が付いているロボットと考えることができます。その実現に必要なのは、豊富な資金、奇抜な発想力、先見性に溢れた創設者、そして百年の歴史を持つ自動車産業との金銭的または文化的に適度なつながりです。

図2. 隊列を組んで走行するトラックの艦隊図2. 隊列を組んで走行するトラックの艦隊
図3. 欧州横断ルート図3. 欧州横断ルート

自動運転車を取り囲む技術革新を、自動運転支援機能の搭載が進んだ自動車か完全に自律走行する自動車の間で一択するのは乱暴すぎるかもしれません。Mentor Automotiveのマーケティングディレクターを務めるAndrew Macleodは、その他にも多くの代替となる技術があると指摘しています。Semiconductor Engineeringの5月号のブログにおいて、Macleodは今年の前半に何台ものトラックが隊列走行して欧州を横断した例を挙げ、「半自律走行から完全な自律運転までの領域にはいくつかのユースケースがある」と、投稿しています。Googleが試作した可愛らしい2人乗り自動車の写真に驚いた方も多くいらっしゃると思いますが、Macleodは予定されたルートを想定通り進むトラックこそが運転者不在の運転という未来に最も早く到達する可能性があるとしています。

余談ですが、グーグルカーを好意的に感じる人ばかりではありません。Audiの2014年の年次報告書には、インターネット賛成派であり、Hasso Plattner Institute School of Design Thinkingの教授兼ディレクターであるUlrich Weinberg氏による評価結果が含まれています。「このグーグルカーは試作品でしかないと思う。ドイツの自動車メーカーが醜いジャガイモのような姿を公衆の面前にさらすことはしないだろう。」これを聞くとつい、シリコンバレーの新興企業対ヴォルフスブルクや豊田市、デトロイトにある巨大企業という構図で見てしまいがちですが、それは誤っています。事実、両陣営間にはこれまでにないレベルでの協業と競争が進んでおり、自動車メーカーはこぞってカリフォルニア北部に研究センターを立ち上げ、GMなどの大手企業はソフトウェア開発ノウハウを獲得するため多額のコストを投じています(10億ドルでCruise Automationを買収したのに加えて、Lyftに5億ドルを投資)。Googleは自律走行自動車のテスト用ミニバンを作るためFiat Chryslerと提携しました。

Automotive Newsの記者であるGabe Nelson氏は5月13日の記事にこのように書いています。「シリコンバレーと自動車業界は、電装化、自動化、通信接続の拡充、新しいモビリティサービスの導入といった取り組みを通じて、より安全、クリーン、利用しやすい乗り物を市場に届ける機が熟しつつあるという考えを共有するようになっています。この状況が続く限り、地球上の誰もが恩恵を受けられるでしょう。」

こうした共通の考え方を反映し、コンピュータが運転の多くの部分を担うようになるにつれ、運転の基本的な領域で多くの優れた技術発展が見られるようになります。つまり、走行中の道路や周囲の混雑状況を感知して計算処理を行い、得られた情報を元に判断を下し、最終的にはアクセルを踏む、ブレーキをかける、ハンドルを切る、往来の中を走行する、といった適切な動作ができるようになります。これらの技術は安全と安心に関わる4つの目的達成に直結しています。そのうち2つはお馴染みのものですが、残りの2つは比較的新しい考え方です。

まず、路上に安心をもたらす自動車であること。これは、人為的過失による交通事故ゼロを目指す試みです。2つ目は、こちらも長年の要件ですが、ECU設計の信頼性と堅牢性の確保です。つまり、車両の複雑化がどれほど進もうとも、コンポーネント不良をゼロに近づけるという目標です。3つ目は、システムへのハッキングに起因する交通事故の撲滅を目指すセキュリティの確保です。4つ目は機能安全に関わることですが、ISO 26262規格で定められている電気/電子システムの安全基準を満たすことです。

これらの要件は至るところで求められています。LinkedInで自動車関連の「機能安全」に関する求人を見てみると、従来の自動車製造業以外の業種で実に何百件もヒットします。EDA業界をはじめ、多くの業界がソリューションを提供しようとギアを上げています。半導体業界を支えることを使命としてきたEDA業界にとって、自動車市場にフォーカスを移しつつある半導体業界と足並みを揃えるのはごく自然なことです。デルファイのCTOを務めるJeffrey Owens氏は昨年開催されたDACで基調講演を行い、その中で、現代の自動車には50以上のコンピュータが搭載されることもあり、その演算能力をすべて合わせると人間の脳に匹敵する可能性があると述べました。

メンター・グラフィックスは、長年にわたり、IC設計にとどまらず、システム設計と製造のためのソリューションを提供し、特に自動車業界向けのシステム関連ツールを充実させてきました。しかしEDA業界は、他の業種と同様に、自動運転時代の自動車における安心と安全という要求にどう応えていくかを模索している最中です。その対応としての1つのアプローチは、例えばISO 26262といった標準規格にツールが準拠しているかを検証するプロセスを導入することです。この手法は有用性を秘めていますが、市場からの新しい要求に応えるという意味では十分とは言えません。

ISO 26262の作業部会は、公式な認定プロセスを定めることを目指しておらず、何らかの「認定」認証組織を指名する予定もありません。第三者が開発されたツールの信頼性を評価し、ツールにより不具合が発生するまたはエラーが見過ごされる確率を明らかにすることで、ツールの妥当性を検証することになるでしょう。EDAツールの導入を検討している企業は、車載エレクトロニクス業界向けのソリューションをどのくらい幅広く提供しているか、またどれくらい専門性の高いものであるか、といった観点からEDAベンダを検討すべきです。また、そのベンダが各種の作業部会や規格策定委員会といった組織で役割を果たしているかどうかも重要な判断材料となるでしょう。