News and Views 2012 Autumn / Vol. 3: オートモーティブ

レーシングカー設計のトレンド: 電気設計ツール

レーシングカー設計は、レースそのものと同様に、目まぐるしい変化と大きなプレッシャーにさらされています。設計者の誤った判断は、レーサーの操縦判断ミスに匹敵する惨事につながる恐れもあるからです。レーシングカーでは、シャーシやブレーキその他の諸要素が、緊密に統合されたユニットを形成している必要があります。この要件を満たすため、F1(フォーミュラ1)をはじめとするレーシングチームでは、ボディワークやシャーシ形状など、あらゆる機械系統の開発においてCADツールに頼るようになっています。

MCAD(メカニカルCAD)の導入によって設計者が大きな前進を遂げたといっても、レーシングカー設計の完全な統合にとっては小さな一歩にすぎません。精悍で軽量なF1マシンの車体とシャーシが、機械設計部門から飛び出したかと思ったら煉瓦の壁に衝突するという場面を想像してみてください。そしてこの時になって初めて、電気システム設計者がハーネスを引き回すスペースがまったくないことに気付いたとしましょう。もちろん、これは極端な例かもしれません(複数の情報筋では実話だとも言われています)。しかし、MCADに相当するような高度に進化した最新ツールが、電気設計部門にも必要だということをよく表しています。今回のトピックでは、この電気設計プロセスについて解説していきます。

レーシングチームは、レースの開催予定に合わせて、わずか数ヵ月のオフシーズン中に車両全体の設計を完成させる必要があります。設計サイクルに、サブシステムのプロトタイプ作成とテスト完了までの待ち時間が含まれるケースを考えてみましょう。設計の問題が発見された場合は特に、最終的な統合ステップが無理やり短縮される傾向にあるようです。レーシングカー設計者は、デッドラインを遵守するのはもちろん、チーム運営を破綻に追い込まないという二重の責任を負っています。この2つの使命を達成するために、電気系統と機械系統を完全に統合した設計フローが求められています。

現在、レーシングカーの電気システム設計者の間ではECAD(電気設計CAD)ソリューションへの移行が進んでおり、MCADによって高度な機械設計が可能になったように、電気システムの設計作業もスピーディーに行えるようになってきました。電気シミュレーションやモデリングに特化したツールを導入したチームでは、前年の車両を流用した場合でも、(仮想空間の)白紙状態から設計を開始した場合でも、コンセプト段階と設計段階でのスピードアップに成功しています。またこれらの専用ツールは、作図、変更履歴の管理、文書のメンテナンスに対応しており、チーム内で設計者同士のコミュニケーションを活性化します。

図1. レーシングカー設計に普及するECADツール: MCADプロセスを補完し、勝てる車を実現図1. レーシングカー設計に普及するECADツール: MCADプロセスを補完し、勝てる車を実現

電気設計の主役だった記録管理ツール

モータースポーツ業界では、長年にわたって、ワイヤリストの作成や文書化のための標準ツールといえば、表計算アプリケーションでした。表計算ソフトウェアの行と列が規則的なリストの管理に適しており、ハーネス内のすべての要素と接続を手軽にリストアップできるためです。表計算ソフトウェアはハーネス設計アプリケーション内で実質上、記録管理ツールとして使われていました。2点間の接続を記録するデータベースとして機能するため、そこから番号を読み取り、配線の詳細を図面に転記することも可能です。しかし、表計算ソフトウェアは外部アプリケーションと情報をやり取りする統合機能を持っておらず、データベースに保存されたデータポイントを実用的なハーネス図に変換することができません。そこで設計者は手作業で転記する必要があり、これが遅延やタイプミスの原因となっています。

表計算ソフトウェアを、Visual Basicなどのツールによってカスタマイズすることは可能です。しかし、表計算ソフトウェアとハーネス描図アプリケーションの間には、依然として大きな壁が立ちはだかっています。このような現実に直面して、電気設計手法に転換期が訪れようとしています。

表計算ソフトウェアの限界を突破するシミュレーション

表計算ソフトウェアをベースとした設計に代わる、電気設計の新しい手法に大きな注目が集まっています。このまったく新しい手法はシミュレーションの一種であり、コンピュータ上にのみ存在する、ソフトウェアによって生成した「モデル」から構成されています。シミュレーションの有効性に関心を寄せていた主要OEMではすでに、ハーネス設計ドメインの改革が起こっています。そして現在、レーシングチームの設計部門が導入に向かって動き始めています。

シミュレーションは、複雑なシステムを短時間で設計し、物理プロトタイプを使わず非破壊的にテストできる設計環境です。視覚化によって、シンボルで表されたコンポーネントや、電気的動作の操作と監視が可能になります。

シミュレーション・プロセスの心臓部は、機能モデルです。ECU(電子制御ユニット)、モータ、1本のワイヤなどを視覚化したモデルは単なる2次元表現だけでなく、特性や動作をシンボルに埋め込んであります。例えば、電球のシンボルはLEDの形状を表すとともに、電力の消費や制御信号への応答といったLED動作も再現します。

このようなモデルはデータベースに格納されており、企業全体からアクセスできるほか、いつでも再利用できる状態にあります。また、自社開発やサプライヤからの購入によって手軽に入手できる上、レーシングカー・プラットフォーム間やシャーシ間の移植も可能です。シーズンごとに進化と変更を重ねるレーシングカー設計にとって、再利用可能なモデルは理想的な基盤と言えるでしょう。

モデリングの導入によって、電気設計の手順を簡素化することができます。メンター・グラフィックスのVeSys® 2.0やCapital® といったシミュレーション・プラットフォーム上において、例えばLEDのシンボルを既存のワイヤ内に移動すると、ワイヤが自動的に左右に分かれてLED用のスペースを確保します。シンボルを回路図上で接続すると、さらに大きなシステムの一部として機能をテストすることができます。つまり、電気システム全体のアイディアを練って設計し、妥当性が確認されるまで、ハードウェア・コンポーネントにまったく手を触れる必要がないのです。エラーを含まないプロトタイプと最終製品に到達するための確実なアプローチが、シミュレーションにより可能となります。

電気ドメインと機械ドメインの対話

MCADの根幹を機械シミュレーションが支えているように、ECADドメインで中心的な役割を果たすのは電気シミュレーション・ソフトウェアです。この2つの環境を適切に統合すると、情報の交換やお互いの作業のモニタリングが可能になります。

前述のハーネスが入る余地のなかったレーシングカー設計の例を振り返ってみましょう。もしもECAD、MCADの対話型環境を導入していれば、設計者間の誤解による巨額の損失を防げたかもしれません。ECADの目的は、車両設計の進行に合わせてMCADとコミュニケーションを取り、ハーネスのDMU(デジタル・モックアップ)を連携して開発することです。DMUは、車両のメカニズムを3D表示する先進技術に利用されており、必要なスペースに応じてハーネスの優先度を決定します。機械設計者と電気設計者は各自のサブシステム作業を行うと同時に、お互いの進捗を把握しながら、必要な場合は詳細な情報に基づいて妥協点を探ることができます。いわゆるマルチドメイン・モデリングによって、まったく異なるプロセス間の連携が実現します。

ここで重要なのは、ECADがベテラン設計者専用の難解なツールではないということです。2010年、英国ノーサンプトンシャーで開催されたFormula Student競技会において、伊ミラノ工科大学のチームは競技規則をすべて満たしたシングルシートのマシンでエントリーしました。同大学の学生エンジニアだけで、メンター・グラフィックスの電気設計ツールセットVeSys 2.0を使って開発した車です。この競技会では、それぞれの車を構造、性能、資金計画、販売計画の観点で審査します。完全に統合されたECAD環境を導入すると、すべての分野を強化することができます。

図2. ECADアプリケーションで作成した最適化のレーダーチャート: ハーネス設計案ごとにクリティカルな変数を比較できる
図2. ECADアプリケーションで作成した最適化のレーダーチャート:
ハーネス設計案ごとにクリティカルな変数を比較できる

ECADによる最適化でバランスを実現

革新的なレーシングチームでは、シミュレーションのメリットを活かして、長年培われた設計手法(「カット&トライ(試行錯誤)法」とも呼ばれる)を尊重しながら、シーズン初回のテストまでに車の準備を終えています。

従来なら数週間を要していた作業が、シミュレーション・ツールでは数日で処理可能になった、というのが設計者の実感でしょう。以前は文書化、作図、プロトタイプ作成を手作業で行う必要がありました。時間の節約により期間中にじっくりと改良に取り組めば、重量やコストの削減を実現できるでしょう。これは特に、数日かかった1回のイタレーションが数時間に短縮されたおかげです。最適化と呼ばれるこのプロセスは、最小の時間で最高の結果を目指すレーシングカー設計者にとって大きな関心の的となっています。

以下の図は最適化の実施例をレーダーチャートで示したものです。コストと性能の面でクリティカルな6つの変数を使って5パターンのシステム設計を比較しています。この表現方法の良いところは、1つあるいは6つすべての変数でパターン間の違いを見ることができることです。

例では、紫の線で示した「設計E」が、ほぼすべての座標軸で優秀となっています。しかし、ハーネスに使用するコネクタ数が他のパターンより多くなります。コネクタ数が許容範囲に収まるかどうかは、レーダーチャートからは判断できませんが、設計者はチャートから得られる情報を見極めて、明確な判断を下すことができます。ECADをMCAD、さらにPLMと協調させることにより設計品質、信頼性、コスト効率を向上させる技術文献も合わせてご覧ください。

まとめ

電気システム設計にシミュレーションや最適化を導入すれば、レースに勝てる車を製作できるという確証はありません。しかし、レーシングチームの設計者はシミュレーションのおかげで自由にアイディアを膨らませ、問題解決にじっくり取り組む時間を手に入れることができます。この時間を活かして新しい試みを取り入れながら、厳しい設計スケジュールを遵守できるのです。チャンピオンシップを獲得できるレベルの車をレーストラックに送り出す上で、これは非常に有利な条件だと言えるでしょう。

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