News and Views 2013 Autumn / Vol. 7: Info Topics

言葉と蛇と標準化

図1. グーテンベルグ印刷機(15世紀半ば)
図1. グーテンベルグ印刷機(15世紀半ば)

コミュニケーションの手段として、「言葉」が生まれ、言語が発達しました。言語の歴史をここで紐解いていこうと企てるのはあまりに浅はかですが、少なくとも、言葉の出現により意思の疎通が格段に進化し、複雑な概念も系統立てて説明し、相互理解が得られるようになった、とするのは乱暴ではないと思います。また言葉を表す文字の出現によって、メッセージのより広範な伝達が可能になりました。さらに文字を伝える手段としての印刷技術の発明により、多くの貴重な情報が時間を越えて伝播されることも可能になりました。伝達と記録に関する技術の発展により、過去の歴史や思想、文学を、時空を超えて楽しむことができるのは、実に贅沢な悦びです。

さて季節は秋を迎え、その夜長を楽しむべく読書三昧にふける方も多いのではないでしょうか?個人的には日本文学よりも英文学に触れる機会が多かったのですが、先日ふと、ある俳句に目が留まりました。「秋の蛇 人のごとくに われを見る」というもので、岩手県生まれの俳人、山口青邨氏(1893-1988)によるものです。この方は、東大工学部の教授職に就いていたという経歴も持っています。この俳句の解釈がインターネット上に掲載されており(ここでは割愛)、17文字の言葉の中にそんなに多くの背景が込められていたなど到底汲み取れないほど、行間(文字間というべきか?!)を読んだものとなっていました。俳句などのように抽象度を高めた文体を用いた表現は、時として複数の解釈を生じさせ、その違いがまた醍醐味ともなっているのかもしれません。

ところで、彼の句で詠われている「秋の蛇」は、秋を意味する季語で、冬眠に向けて地中に籠る直前の蛇を表したものです。俳句の季語において蛇は夏を表すことが多いのですが、実は冬以外の3つの季節それぞれの季語としても使われています。それだけ日本人にとって蛇は身近な存在だったのかもしれません。この「蛇」という言葉は、単に身近というだけではなく、宗教や古来の言い伝えなどによる縁起事にも多く現れます。

図2. 原罪と楽園追放(ミケランジェロ)
図2. 原罪と楽園追放(ミケランジェロ)

奇しくも2013年は巳年、蛇の年です。この蛇を表す「巳」という言葉の原型は胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚めて地上にはい出す姿を表しているとも言われています。ここから、「起こる、始まる、定まる」などの意味が込められ、信仰の対象として豊穣や天候を司る神とされ、畏れ敬われてきました。またキリスト教の旧約聖書では、楽園に住むアダムとイブを奸計に陥れた「悪」として蛇が描かれています。このことから、「蛇」という言葉には善と悪の両側面の概念が認識されていると言えるでしょう。生物学者として、そして民族学者としても有名な南方熊楠の「十二支考」の「蛇に関する民俗と伝説」に、日本を含めた諸国における蛇の考察がありますので、ご興味のある方は是非一読してみてください。

冒頭でも触れた伝達手段の発展により、直接目の前にいない相手にもメッセージを伝えることができるようになりました。電子出版、Email、ソーシャルメディアの普及は、より広いメッセージの伝播を促進させています。ここで1つ仮定の話をしてみます。例えば、単純に「蛇」という言葉だけをメッセージとして発信した場合、その受手側では「善」と捉える人と「悪」と捉える人が出てくるでしょう。ここに解釈の曖昧性が発生します。情報が氾濫する今日において、「曖昧さ」が誤解を呼び、結果として伝えようとしていたことが正しい形で伝わらなくなってしまったら、ビジネスシーンにおいては致命傷となり得ます。

逆転させると、言葉の解釈を一定に規定することにより、曖昧さを排除できるようになります。実際の設計現場に目を転じて考えてみましょう。プリント基板(PCB)の設計から製造までの流れを取り上げてみます。従来ながらのフローでは、まず基板の設計を行い、その解析結果を含めたすべてが仕様を満たすものであれば、PCBの製造、実装、組立てのプロセスに移ります。その際、設計で使用されていたデータ交換のためのファイル形式と製造のそれとでは異なる形式を用いることが常でした。どれだけ精度の高い設計データを作成しても、製造に渡される際のデータ形式(例えば、Garber)の制約や方言により、相関性の無い複数データに分断され、その再統合は、PCB製造にかかわるエンジニアの手腕に依存せざるを得なくなっていました。これは、設計側と製造側が異なる言語やデータ形式を用いてきたことに由来する断続です。

図3. ODB++のロゴ
図3. ODB++のロゴ

この断続を通貫させるために登場するのが、ODB++です。ODB++は、PCB設計および実装企業間のグローバルなデータ交換を統合的に実行できる業界初のオープンなデータ形式です。PCBの設計から製造までの流れの中で、CAD、CAM、DFMでやり取りされ必要とされる情報をすべて網羅したデータベースとして利用されます(ODBはOpen Data Baseの略でもあります)。設計と製造側双方のニーズに対応したデータを共通フォーマットで扱うことにより、解釈の曖昧さによるコミュニケーションエラーを回避するとともに、設計を含めてものづくりの品質改善に取り組むことが可能になります。ODB++についてのご紹介は、N&V online 2012の夏号にて扱っています。併せてご参照ください。

言葉の曖昧さを回避し、その表現を規定することによって正しいコミュニケーションを確立する手助けとなるのが、標準化の推進です。メンター・グラフィックスは、電気電子に関する国際規格団体「IEEE」、複数のIP提供元からの整合性の確立を目指した標準化を行っている「VSIA(Virtual Socket Interface Alliance)」、半導体およびエレクトロニクス業界におけるEDAおよび知的財産(IP)の標準規格の策定および普及推進に努める「Accellera Systems Initiatives」、自動車用ソフトウェアの国際標準化を推進する「AUTOSAR」と「JasPar」、オープンソース開発の車載用インフォテイメント(IVI)の導入を推進する「GENIVI Alliance」、プリント基板設計データを製造/実装過程までインテリジェントな単一データとして交換するODB++フォーマットの普及を推進する「ODB++ Solutions Alliance」、電気電子部品の選択を容易化すべく汎用部品データのやり取りを推進する「EDX Solutions Alliance」などの各技術団体においても中心的な役割果たしています。今後も、業界発展に寄与すべく、標準化の促進を含め、さまざまな社外活動を行って参りますので、ご支援のほど、よろしくお願いします。

乱筆にて

(ゆり)